アドニスたちの庭にて
 “青葉祭” 〜お久し振りねvv

 


          




 梅や沈丁花や、桜に馬酔木、山吹などなど、1つ1つの花は小さくて可憐な“春告げ”のお花たちがその役目を終えて、今度は新緑に映えてあでやかなユキヤナギやツツジ、菖蒲や藤にハリエンジュへと選手交替する五月に入ると、草木の緑もまた ぐぐんと勢いを増す。まだ色合いは幼かったものが、日に日にという表現が正に当てはまる勢いで、ぐんぐんとその存在を主張してゆく。冬枯れの芝や乾き切ってた梢にも、ほんの数日前まではなかった緑がそりゃあ溌剌と綺麗なもの。“目に青葉”“したたるような緑”とは本当によく言ったものだと、しみじみ実感出来るシーズンの到来で。
“…見るだけって分にはそれで済むけどさ。”
 おやおや。そういう叙情的なことには人一倍感じ入りそうな人が、珍しくも反対意見ですか? 瀬那くんたら。
“だって…。”
 その緑の勢いのお陰で、現在ただ今 苦労している彼だから、そんな不平も仕方がないということか。学園裏手の短くてなだらかな土手の下、竜の髯みたいな草が青々と長く伸びて地面の傾斜を覆い尽くしている一帯を、腰をかがめて掻き分けては覗き込んでいる彼であり、どうやら何かを探している模様。体操着だろうトレパンにジャージ姿だということは、ボールか何かであるらしく、
“もっと大変なトコを担当している人もいるってのに。”
 バスケットの屋外コートの外側なんて、結構深い側溝があって。まだ予選の段階だしね、フェンスだって高いのが巡らされてあるんだし、まさか飛び出しゃしなかろうって構えていたらば。三年の誰かさんが、ゲームへの出場参加を免れた代わりに請け負った線審だったハニーさんへと見とれてしまい、フリースローをとんでもないコースへと暴投して下さって。
“桜庭さんは自分で探すって仰有ったのだけれど…。”
 そういう時のための係を作ったことを無にするんですかと、実は…桜庭さんのファンクラブの方々が押し切って、目下 手分けして急な流れを追跡中だとか。罪な人たちだことvv
(う〜ん) まま、他所様の話は置いといて、
「おかしいな〜。」
 ちゃんと飛んでった方向を見定めて追っかけて来たのにな。そのボール一個しかないという進行ではないので、そんなにも焦って急ぐ必要はないのだけれど。陰ひとつ見つからないなんてのは、何だか自分が物凄く不器用な気がして不甲斐なくって。
『腕や脚を草で切るかもしれないから…。』
 高見さんから言われて長袖長ズボンで固めて来てて正解だったな、でもついでに軍手も持ってりゃよかったかも。
「ツ…ッ。」
 親指の股のところをとうとう草で切ってしまい、ちょっと落ち着こうと腰を伸ばしての少休止。緑に囲まれた静かな環境なのはいいけれど、こんな伏兵が待っていようとはと。苦笑混じりに…途方に暮れてるようにも見えなくはない表情で周囲を見回した、そんなセナの耳に、
“…んん?”
 さして重々しくはない高さ大きさのイグゾートノイズが聞こえて来た。ここいらは文教地区で、その奥には古くから住まう方々のお屋敷しかなく。配達のスクーターかな、でもこのコースって…山手から駅に向かうにしたっても何か妙だしな。そんな風に思いつつ、小首を傾げて音がして来た方、少しばかり下になる土手縁の小道を見やっていると、
「…あ。」
「お…。」
 やってきたのは原付きバイク。ちょっとばかり洒落めかしたシャープなデザインのスクーターで、ハンドルを握ってる人には見覚えがあった。運転していたライダーさんの側でも、土手の斜面の半ばに突っ立っているセナに気づくとブレーキをかけてくれて、
「よお、久し振りだな。」
「はいvv
 にっこし笑って、でもでも、あのね?
「ノー・ヘルって いけないんじゃないんですか?」
「お、会って早々に意見するか、こいつ。」
 意見されたと言う割に、口許を真横に引いての楽しそうな笑い方をする彼こそは。この街の も少し下の方を走ってるJRの線路を挟んだ向こう側、黒美嵯高校という市立の学校に通っている、十文字くんという人で。ひょんなことから顔見知りとなり、それ以降もそうそうあるものでもないながら、顔を合わせる機会があれば目礼や会釈を交わしてる間柄。セナと同い年とは思えない、ガッツリしっかり鍛えた体躯をした頼もしい青年であり、スポーツ奨励校で気の荒い生徒が多い学校だと聞く黒美嵯で、入学してからほんの1カ月にして三年生までを叩きのめして制覇してしまったという豪傑だが、小さい子には勝手が判らなくってか、それはそれは優しくて。不良にからまれていたセナを助けてくれたその上、泣き出しちゃったのへ大いに困り、泣きやんでくれとばかりに駄菓子屋でチョコレートを買ってくれたという…純朴でどこか可愛い人でもあったりする。
「こんなところを通るなんて珍しいですね。」
 黒美嵯高の濃緑のブレザー制服ってカッコだから、学校からの帰りなのかしら。でも今日はGWの2日目だから、向こうもお休みの筈なのにね。それともウチみたいに何か行事があるのかな? そういや鞄は持ってないみたいだし。そんなこんな思いつつ訊いてみれば、
「ああ、婆ちゃんチがこの上でよ。ガッコに用があったついでに行ってたトコなんだ。」
 エンジンを切ったバイクのハンドルに両腕を引っかけ、気安く答えてくれて、
「お前こそ、こんなトコで一人で何やってんだ?」
 白騎士学園は、幼稚舎から大学、大学院まで揃ったマンモス校で、駅から山の手のそのまた奥の院、由緒正しき旧家がたたずむ高級住宅街に至るまでの、ゆるやかな斜面になったここいらは、冗談抜きに見渡す限りが白騎士の敷地と言っても過言ではないほどであり。その半ばになるこの辺りは、高等部と大学部の丁度境目、きれいに分断している斜面と土手とがあまり手も入らないままになっている、ちょっとした密林地帯だ。
「確か…昨日から球技大会とやらが始まってんだろに。」
 新入生歓迎を兼ねた、バレーにバスケ、フットサルにドッジボールという球技をクラス対抗で対決する、大々的な球技大会。別名を“青葉祭”といい、GWのほとんどを使って執り行われ、一年生はここで体力や特技を上級生の方々に披露することとなり、部への勧誘の参考にされることも請け合い。そもそもは、外部からの中途入学者が結構多い高等部なことから、持ち上がり組との親睦をかねてと始まった行事だが、そういう意味ではとっても良く機能しているし、最終日を飾る…一年生から三年生までの同じクラス同士の縦割りでチームを作り、総当たりの“巴戦”方式での総合対抗戦となる『最終決戦』では、総合勝利チームに秋の文化祭での模擬店優先選択権が与えられるという賞品
(?)も懸かっているがため、お兄様方が結構本気になって取り組まれ、四月のうちには練習に励む組だってザラ。その結果、1年のうちで一番最初の行事でありながら、かなりの盛り上がりを見せるし、また、GWという長期休暇の頃合いに若々しくも壮健な賑わいを見せることから、周囲の住民の皆様へも有名な行事なのだとか。だからして…十文字くんも漏れ聞いて知っていたのだろうに、
「うんvv よく知ってたねvv
 凄い凄いとセナくんの稚
いとけないお顔が屈託なくほころぶのを見るにつけ、

  “ホンっトにこいつ、俺と同い年なんだろか。”

 まるで小学生の反応じゃねぇかと、彼の側からは“お育ちの違い”に少々鼻白む。そんな彼の心情にまでは気づきもしないで、
「あのね、ボク、ボール拾いの係なんだ。それで外に飛び出してったドッチボールを探しに来てたの。」
 普通に投げていれば そうそう柵越えをするような高さのパスなんて出ない競技だが、コートの外へと飛んだ強いボールが、すぐ傍らにあった体育館の壁の装飾の段差に当たってイレギュラーし、そのまま上へと跳ね返り、フェンスを越えた外へと飛んでってしまったらしく、そんな軌跡をわざわざ腕を伸ばして説明してから、
「見なかった…よね。」
 バイクを運転してたんじゃあねと、小さな肩をすくめるのへ、苦笑を返しかけ、
「…あれ? あそこにあるの、そうじゃないのか?」
「え?」
 十文字くんからは少しほど上の方の、出っ張った草むらを指さして、
「ほら。なんか、草じゃなくって細い木が生えてる出っ張りがそこにあるだろよ。」
「えと…そこ?」
「もうちょっと先、そう、その株の向こう。」
 セナの側からは足元のそのまた下方なので、足場を探して少しずつ降りながらという探索は、ちょっとばかりおっかなびっくりという覚束無いもの。ただでさえこういうことには慣れてなかろう“お坊ちゃん学校”なんだから、
“ボール探しなんて雑用、用務員さんとかに任せりゃいいのにな。”
 運動音痴ばっかだとまでは言わないが、スポーツとは微妙に異なるこんなこと、慣れてるお坊っちゃまがそうそう居る筈はなく。うっかり怪我でもしたら一大事なんじゃなかろうかと思うにつけ、妙なところで自立心が強いというか、自分のことは自分出を貫くガッコなんだなぁと、感心するやら呆れるやら。そんなことをついつい思った十文字が、ちょこっと目を離したそんなタイミングに、

  「あ…っ。」

 足元が見えないまま、少しほど窪んでいたところへ不用意に踏み込んだセナらしく、か細いボーイソプラノが高まりながら跳ね上がり、ズルル…と片方の足だけが斜面を下がりつつある。何とか踏ん張りたい本人であるらしいのだが、力を入れても抜いても同じであるようで。しかも、手掛かりにと咄嗟に掴んだ草の塊りがまた、刃のように鋭い芒種の群れだったから。
「痛っ☆」
 ああまた手のひらを切ってしまったようと、泣きそうな声になる。それを聞いて、
「…チッ。」
 何をどうすると頭の中で組み立てるより早く、体が勝手に飛び出していた。道を挟む左右の斜面との区別という意味合いからか、少しばかり盛り上げられてた側道にバイクを捨て置いて、土手の裾へと降りるとそこからセナが滑り始めた地点まで、伸び放題の草むらの波間を掻き分け、斜面を一気に駆け登る十文字であり、
「ほら、よっと。」
 最初の勢いで半ばまで、加速が落ち始めた途中からは片手ずつを行く手の株へと順次 引っ掛けつつ、わしわしと素早く登ってきた彼が、随分と近づいてから差し伸べてくれた大きな手。だが、痛いながらも何とか別の草株に掴まってたセナくん、どうやって十文字くんに掴まれば良いのかが判らない。まだ微妙に間が空いているので、こちらの手を先に放すと転げ落ちそうで怖いのだろう。
「ほら。受け止めてやっからよ。」
「でも…。」
 見下ろせば、間近に制服の白いシャツ。喧嘩すると物凄く強い十文字くんは、アメフトでは“ライン”といって、味方を守る“壁”の役をこなすポジションなんだそうで。山のように壁のように、見るからにムクムクと筋肉を膨らませたごつい青年ではないが、広い懐ろは成程 頼もしそうであり、
「ほら。」
 促すように、伸べた手を“来い来い”と招いて見せたので。
「う〜〜〜〜。」
 ちょっぴり迷った末に、掴まってた草から手を離せば、一旦停止していた足が一気に“ずずず…”と滑り始めたが、
「ほい…っと。」
 もう大丈夫だからな。受け止めてくれた腕の中は、思っていたよりずっと安定感があって。セナの重みが加わっても関係ないと言わんばかりの、余裕の体さばきにて。駆け上がった斜面を今度はゆっくりと降りてゆき、ついでにボールのところへも立ち寄ってセナに取らせると、元いた土手の道までを戻って行った十文字くんだった。








TOPNEXT→***